発酵のあれこれ

蔵人は納豆を食べられない? お酒と納豆菌の関係って?

こんにちわ。製麹員です。

本業は日本酒の製造に携わる蔵人(くらびと)をしています。

酒屋業には「酒屋万流」という言葉がありまして、

一口に日本酒と言ってもその造り方はひとつではなく、日本全国その土地の気候と風土、または理想とする酒質に合わせたやり方・アプローチがあるという意味です。

この酒屋万流という考えが、個性豊かな日本酒の幅を形成していると言えます。

私も約10年の蔵人経験の中でいくつかの酒造会社を移り渡り、様々な蔵の考え方と製造方法に触れてきたのですが、万流とは言えどいくつか共通したルールがありました。

そのひとつに「酒造期中は納豆を食べてはいけない」というのがあります。

なぜ蔵人は酒造期の間は納豆を食べてはいけないのでしょうか?

今回は蔵人と納豆の関係についてまとめてみました。

少し長くなりましたが、気になった目次をつまんだりして気軽に読んでいってください。

そもそも蔵人って?蔵人と杜氏の違いは?

まず、蔵人というのはどのような職業なのでしょうか。

蔵人とは、主に日本の酒造業(日本酒・焼酎・みりん等)に従事する人達のことを指します。

他にも味噌や醤油などの日本独自の発酵食製造に従事する人も含まれます。

言葉の由来は酒蔵や味噌蔵などの蔵に勤めることから来てると考えられます。

酒屋蔵人の場合、その中でも更に細かく呼称があります。

例えば、麹を担当する蔵人を「麹屋」、蒸し釜の担当を「釜屋」といった具合に役割によって様々な肩書きが存在します。

そんな酒蔵の蔵人全体を統括する責任者が「杜氏」です。

つまり、蔵人が酒造従事者全体を指す言葉に対して、杜氏は蔵人のリーダーを指すという違いがあります。

蔵人は酒や味噌などの発酵食製造従事者、杜氏は酒蔵蔵人のリーダーのことを指す

蔵人は冬が忙しい?日本酒を冬にまとめて仕込む理由

蔵人と呼ばれる人達は、蔵元(酒造会社)との間に雇用契約を結んで製造業に従事します。

雇用形態には2種類のタイプがあり、

酒造期だけ蔵人として働く季節雇用と、年間を通じて働く通年雇用があります。

酒造業の歴史的に季節雇用が主流だったのですが、その背景として、

  1. 日本酒の場合、寒い冬に作ることが合理的だから
  2. 農業の閑散期の出稼ぎとして、蔵人業が定着したから

の2点があります。

①の理由ですが、日本酒は仕込む際に低温であることが求められます。

それは日本酒が仕込みの際に雑菌からの影響を受けやすいという特徴があり、腐造(お酒がうまく発酵せず、腐らせてしまうこと)を防ぐ手段として、菌の繁殖を抑える低温仕込みが産まれました。

お酒を仕込む時の温度は低くて6~8℃、高くて12~15℃が一般的ですので、その温度まで熱々の蒸し米を冷やす必要があります。

そのため、気温が最も低い冬がお酒造りに適してるのです。

例えば、お酒を10℃で仕込むとします。

しかし、もし時期が夏場でその日の気温が30℃だったとしたら、熱々の蒸し米をいくら冷まそうにも10℃まで下がることはありません。大がかりな冷却装置が必要になりますが、昭和以前にはそんな機械はありませんでした。

しかし、時期が冬場でその日の気温が5℃だったとしたら、10℃付近まで蒸し米を冷まして仕込むことができます。

つまり、冬の低い気温を利用して蒸し米や発酵途中のお酒を冷やすことで、仕込みの作業効率を上げ、腐造のリスクを下げるという合理性を得ることができるのです。

何かと冷却が求められる酒造業において、自然に勝る冷却装置は無い、といったとこでしょうか。

冬の寒さを利用して日本酒は造られる=冬は酒蔵の繁忙期

そして2つ目の点が、出稼ぎとしての蔵人業です。

1つ目で冬にお酒を低温で仕込む理由をまとめしました。

しかしこの方法では、冬の気温に頼るがために、冬に1年分のお酒を仕込まないといけないというデメリットが出てきます。

そこで生まれたのが出稼ぎ業です。

農業や林業のような冬に働き口がない人達が収入の足しにと、蔵元(酒造会社)へと出稼ぎに出るようになりました。

蔵元としても、繁忙期にだけ人を雇うという点は人件費の面で大きなメリットであり、蔵人の季節雇用が通例となっていき、日本各地に杜氏集団(南部・越後・能登・丹波…etc)という全国の蔵元に蔵人を斡旋する組合も生まれました。

この杜氏組合と季節雇用は現代でも続いていますが、営業・設備管理などの酒造り以外の業務も担う人材育成を目的に通年雇用を行う酒造会社も現代では増えてきています。

(私の場合も、現在は通年雇用で酒造に従事しています。)

農業の閑散期と酒造の繁忙期の一致が、酒造業の季節雇用を生みだした

納豆菌はめちゃ強い?蔵人が納豆を食べられない理由

少し納豆から話題が逸れました。

ではなぜ蔵人は納豆を食べられないのでしょうか。

それは納豆菌の生命力の強さにあります。

納豆菌は生存の危機に陥ると、芽胞(がほう)というカプセル状の膜を作り自身を守ります。

この芽胞がめちゃ強い鎧となり、高温の環境にも耐えることができるようになります。

芽胞を形成した納豆菌を完全に煮沸殺菌しようと思うと、121℃で20分以上加熱する必要があると言われています。

水の沸点が100℃ですので、熱湯以上の温度がいるということで大変に殺菌しづらい菌だと言えます。

また、芽胞により強酸にも耐性を持ち、人間の胃酸にも耐えることができます。

人間の胃酸はPH1~2と非常に強い酸性なので、これに耐えうるというのは恐るべきものです。

こんなに強い菌が酒蔵に持ち込まれると、お酒の発酵に関わる麹菌や酵母菌の代わりに納豆菌が繁殖してしまう危険があるのです。

そんな事態に陥ると、お酒や醤油などを正常な品質で造ることができなくなります。

実際に納豆菌が混入繁殖したお酒のもろみ(発酵途中の段階)には異常に高い酸や不快に感じる香味が生じるそうです。

蔵人としても品質に関わるのはもちろん、技術者としての信用と働き口を失ってしまう由々しき事態と言えます。

そのため、納豆菌による異常発酵の害を防ぐために、蔵人は酒造期の間は納豆を食べてはいけないというルールが生まれました。

  • 納豆菌の生命力が強すぎてお酒の発酵を邪魔してしまう
  • 商品の品質を大きく損ねる危険性がある

納豆菌が繁殖してできる「すべり麹」とは?

納豆菌による害の例に「すべり麹」というものがあります。

酒屋や味噌・醤油蔵では麹室(こうじむろ)という麹を製造する設備を持つのが一般的で、自社で麹を造ります。

その際、蒸した米や麦などに麹菌を振り、繁殖させて麹を造るのですが、この工程で納豆菌が混入することで発生すると言われるのが「すべり麹」です。

納豆菌が繁殖力の強さ故に繁殖スピードを上回ることで麹菌を駆逐してしまい、麹の本来の味や風味を大きく損なったものになると言われています。

私個人は幸運なことにこれまで納豆菌汚染の害に遭遇したことはないので、すべり麹の実物を見たことはありません。

が、話で聞いた所によるとその名の通り、納豆のようにぬるついた麹が出来上がるそうです。

見た目も麹のそれとは異なり、茶色く変色し、納豆の強いにおいを発するのだとか。

こうなってしまうと麹室の道具はもちろん、麹室の壁など空間全体を殺菌消毒する必要があります。

しかし相手は高熱・強酸に耐えうる納豆菌となると、造り酒屋の心臓部とも呼ばれる麹室を一度止めてしまわなければいけません。

麹室を止める=製造計画そのものをストップさせることを意味します。

これは製造業にとって多大な被害となるのは想像に容易いことです。

  • 麹菌でなく納豆菌が繁殖してできるのが「すべり麹」
  • 麹室が納豆菌で汚染されると製造そのものがストップしてしま

納豆OKの蔵もある? まさに万流な各蔵のルールとは?

ただし、納豆OKという蔵も少数派ですが存在するようです。

例えば、職場である蔵内では納豆NGだけど、宿舎に戻って食べるのはOK。

納豆を食べた後に歯を磨けばOK。

製造に携わる人はNGだけど、営業職や事務職の人はOK。

なんていうまさに酒屋万流なやり方があるようです。

加えて、食品衛生法などの法令でも特に納豆の規制はされていないので、納豆禁止のルールは蔵や蔵人のリーダーである杜氏の判断である部分が大きいと言えます。

ただし逆に、納豆だけでなくヨーグルトやキムチ、ぬか漬けといった発酵食全般をNGとするより厳格なルールを持つ蔵もあります。

見学の一般の方にも発酵食を食べたり持ち込んだりを禁止している蔵もありますので、もしも酒蔵や醤油蔵に見学に行く機会がありましたら蔵の人に聞いてみるといいでしょう。

  • 納豆OKな蔵もある
  • 逆にもっと厳しい蔵もある
  • 見学の際には問い合わせておくとスムーズ

まとめ

まとめです。

  1. 蔵人とは、日本酒や焼酎など日本のお酒製造に従事する人達のこと
  2. 昔は季節雇用が主流だったが、その背景には農業の閑散期と酒造の繁忙期の一致があった
  3. 納豆の強い耐久力がお酒などの発酵食品に悪影響を及ぼす危険がある
  4. 悪影響の一例が納豆が繁殖してしまった「すべり麹」
  5. 納豆OKな蔵もあれば、逆にもっと厳しいルールの蔵もある

長い投稿となりましたが、おつきあい頂きありがとうございました。

ではまた。